(1) 市場化テストとは【p19 Q1)
さて、このパンフレットの説明に入りますが、実はこのパンフは前半と後半に分かれています。前半の総論にあたる部分は自治労連専門委員の方が書かれ、後半の「Q&A」はわが大阪の誇る木村雅英さんが中心になって書かれたと聞いています。前半、後半と分かれて2人の人が別々に書かれてますので、同じような記述が2回出てくるところがある。大事なことは何度でも言わないといけないということでしょうが、このパンフだけだと行ったり来たりになるので、レジュメに沿って、必要に応じてパンフをみていこうと思います。
「Q1 市場化テストとはなにか」では、定義の説明があります。「官業を市場の競争にさらす」という意味のマーケットテストが語源です。アメリカでは“marketization”(行政サービスの市場化)と呼ばれているそうです。
そのために、公務員がやっているひとかたまりの業務を入札にかけて官民が競争し、どちらかが落札する、これが基本的な形です。たとえば、日本では水道局が水道事業を担っていますが、世界的には民間の水道会社が担っているところもあります。水道会社というのは世界的にものすごく儲かっているビジネスです。市場化テストは、水道局と民間の水道会社とが入札で勝負して、勝った方がその業務をする、水道局が負けたらその部門は廃止される、というイメージです。
ただし、今回の法案では、市場化テストは「特定公共サービス」に限られており、水道局は対象からはずれていますので、この説明では不正確なのですが。それでは水道局は安心かというとそうではない。あとでも説明しますが、対象業務をどんどん拡大していくことが予定されているとみた方がよいからです。
さて、法律を読むときには、最初に「目的」とか「基本理念」を押さえることが重要です。抽象的ではありますが、そこに法律の解釈の基本となる思想が出ているからです。
- ア 目的(1条)
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市場化テスト法は、「目的」として「この法律は、国の行政機関等又は地方公共団体が自ら実施する公共サービスに関し、その実施を民間が担うことができるものは民間にゆだねる観点から、これを見直し、民間事業者の創意と工夫が反映されることが期待される一体の業務を選定して官民競争入札又は民間競争入札に付することにより、公共サービスの質の維持向上及び経費の節減を図る改革を実施するため…」としています。
ここでのキーワードは、まず「民間で担うことができるものは民間にゆだねる」。これは既にたくさんの法律で用いられているのですが、改めてこれが登場している。また、「民間事業者の創意工夫が反映されることが期待される一体の業務」とあります。「一体の業務」ですから、ひとかたまり。ひとかたまりというのは、これまでの民間委託のように、業務をちびちびと切り出してそれを委託するというのではなくて、まとめて民間にゆだねる。そうすると民間としては自分の好きなように組み替えたり削ったりできるわけです。行政の方もひとかたまりが一度に消滅する。それで「経費の節減」となることが期待される。これが法律の目的となっています。
この目的はパンフレットの5ページに引用されていますのでご覧になってください。なお、このパンフに書かれている条文はちょっと正確ではないところがあります。これは閣議決定前のものなのです。閣議決定された際に少しだけ字句が訂正されています。しかし、基本的には変わっていません。
- イ 基本理念(3条)
- パンフレットには市場化テスト法の「基本理念」については説明してありませんが、法案では3条に「基本理念」が出てきます。国や自治体の責務(4条、5条)のところでは、国や自治体は「基本理念にのっとり」とありますので、この「基本理念」が何かというのも説明しておく必要があるということで、レジメに書いています。
「基本理念」では、市場化テストは「国の行政機関等又は地方公共団体がその事務又は事業の全体の中で自ら実施する公共サービスの全般について不断の見直しを行い、その実施について、透明かつ公正な競争の下で民間事業者の創意と工夫を適切に反映させることにより、国民のため、より良質かつ低廉な公共サービスを実現することを旨として、行うものとする。」とあります。
「不断の見直し」ですから、一度見直してそれで終わりではなくて、毎年、毎年、見直しをする。
そして、そのサービスの実施について「透明かつ公正な競争の下で…」とある。これは市場化そのものの表現で、国のいろんな文書によく出てくるキーワードです。
「民間事業者の創意と工夫を適切に反映させることにより…」−この表現は「目的」にも出ていますが、あらゆるところに民間が出ていく仕組みです。
さらに、「より良質かつ低廉な公共サービスを実現することを旨として」とあります。質の向上を言っているんです。民間だからだめどころか、民間だからこそ質がよいと言っているのです。
「そんなことをいってもヒューザーや姉歯をみろ」といいたくなるのですが、リップサービスに過ぎませんが、こういう言葉が入っている。似たような文言はこの法案のあちこちに出てきます。
- 3条2項では、「前項の見直しを通じ、公共サービスのうち、国の行政機関等又は地方公共団体の事務又は事業として行う必要のないものは、廃止するものとする」──このように、毎年の見直しを通じて、不要なものは仕分けしてできるだけ廃止することが基本理念として入っているのです。
- ウ 国、自治体の責務(4条、5条)
- 法案では、国と自治体の責務を分けて書いてあります。
まず、国の行政機関等は、「基本理念にのっとり」(3条の基本理念のことです)「見直しを行い」「国の行政機関等の関与その他の規制を必要最小限のものにすることにより…」とあります。とにかく規制をするな、規制を緩和しろということが責務とされている。
- 国の場合は法律で決めた広範な対象業務が否応なしに市場化テストの対象とされるおそれがありますが、自治体の場合、市場化テストを実施する・しないは、一応自治体が決められます。これは、市場化テストの元となっているイギリスの「強制競争入札」(CCC)とはちょっと違っています。わが国では地方自治は憲法上保障されているから強制はできないということです。したがって、今回の法案でも、自治体の場合は「市場化テストをやるばあいにはこうしなさい」という書き方になっています。ただ基本的には「見直し」はあらゆる業務についてすべきものとされます。そして、その見直しをした結果、市場化テストをするのであれば、規制を最大限緩和するということになります。これが国、自治体の責務とされています。
おそらく法律ができて当局がこの制度を導入しようという場合に、このあたりが相当に議論となるでしょう。しかし、自治体にはあくまで市場化テストを導入する・しないの自由があるのです。導入しない自由は残されている。ここでがんばって「市場化テスト導入は不適当」という結論をださせることが大事です。
以上が「目的」、「基本理念」、「責務」です。
- エ 2つの入札類型
- 市場化テスト法は行政の業務を入札にかけるのですが、その入札には2つの類型があるとされています。
官民競争入札──これは官と民が競争をするというものです。
民間競争入札──これははじめからもう官はその業務をしない、競争に参加しないということを決めた上で、民間企業間で競争入札をさせるものです。(官の)「不戦敗型」とも言われています。
国、自治体ともに、こののどちらでも導入できるものとされています。
- オ 2つの対象公務サービス(2条4項)
- 国の場合には非常に広い。
国の行政機関等(独立行政法人や特殊法人も含む)の事務また事業として行われる国民に対するサービスの提供その他の公共の利益の増進に資する業務のうち、「施設の設置、運営又は管理」「研修」「相談」「調査又は研究」、その他「必ずしも国の行政機関等が自ら実施する必要のない業務」が対象となります。この「その他」があるので、対象業務が際限なく広がっていく可能性があります。
このは国の場合のみです。
- 特定公共サービス【p8、p26〜27 Q10、11】
このほか、国と自治体とそれぞれについて、「特定公共サービス」が掲げられています。これで個別法の規制を外して市場化テストの対象とするものです。自治体における市場化テストの対象はの「特定公共サービス」のみです。
- 市場化テスト法案は、市場化テストという仕組みのフレーム(大枠)を定めると同時に、個別法の規制の問題もあってすべてを対象にすることができないので、とりあえず急いでやりたいものについて「特定公共サービス」として個別法の規制を外して市場化テストの対象業務にするという構造になっています。ですから、「特定公共サービス」というのはいわば「お試し」であって、これがこれからどんどん拡大していく可能性があります。構造改革特区のように、必要に応じて細かい法改正を重ねて、どんどん対象を増やしていく可能性があるということです。
- とりあえず法案に盛り込まれた対象をみていきます。
まず、国については、職安がやっている中高年の管理職、もしくは専門職の職業紹介。中高年の再就職というのは、ただでさえ採用が少ないのに、管理職にはプライドの高い人もたくさんいますので、再就職が非常に難しく、職安も苦労されているところですが、これを民間でやる。あるいは中高年ホワイトカラーの職業指導等を行う。
- もう1つは社会保険庁の関係で、国民年金保険料滞納者への通知、理由確認、納付勧奨、請求等。この条文をみていくと、面白いと言っては何ですが、33条7項に「特定業務従事者(これは落札した業者のことです)は、特定業務を実施するに当たり、人を威迫し又はその私生活もしくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない」という規定があるのです。これはいったいなにかと言いますと、結局、こうした業務に参入したいと手を挙げているのは債権回収代行会社なんです。銀行系、サラ金系、信販系、不動産業系とかいろいろあるのですが、ほっといたら何をするかわからん連中も入っているわけです。ですからとんでもない人に任せてしまう危険がないとは言えないので、こういう規定をわざわざ入れないといけないということです。
他方、自治体における「特定公共サービス」は、以下の通りとされています。
戸籍法に基づく戸籍謄本等交付の請求受付及びその引渡し(法務省民事局)
外国人登録法に基づく外国人登録原票の写し等交付の請求及びその引渡し(法務省入国管理局)
地方税法に基づく納税証明書交付の請求受付及びその引渡し(総務省自治税務局)
住民基本台帳法に基づく住民票の写し等交付の請求受付及びその引渡し(総務省自治行政局)
住民基本台帳法に基づく戸籍の附票写し交付の請求受付及びその引渡し(総務省自治行政局
印鑑登録証明書の交付の請求受付及び引渡し(総務省自治行政局) |
戸籍謄本、納税証明書、外国登録原票写し・住民票・戸籍附票・印鑑登録証明などの交付請求の受付及び引渡し(34条)ということで、それぞれ「発行」部分だけが公務員に残されました。これはどんなイメージなんでしょうか。たとえば住民から交付請求があります。それを受け付けます。そこまで民間企業がやるのですね。そのあとキーボードをたたいで住民票を発行する。その端末の操作を果たして誰がやるかというという問題があります。発行したものを窓口で住民の方に渡す。これが引き渡しです。これも民間企業。ですから「発行」だけは公務員に残されたといっても、端末をたたくのは機械的な作業ですから、自動的に市長公印の押されているものをプリントアウトするのだけが公務の仕事で、あとは全部民間がやってもいい、ということになりかねません。
- さらには、今後おそらくATMのような自動販売機で住民票がとれるようにしていく狙いでしょうから、そのような場合に公務員のする「発行」とはいったい何なのかという疑問が出てきます。仮に公務員が関与するとしても、それは全くの形式のみになる可能性になってしまうのではないか。このへんはどうなるか私にもよくわかりません。
しかし、他方で、戸籍謄本とか納税証明書とか、あと外国人の登録とかは、実は権力的作用とも密接に結びついたもので、自治体の業務としてはいちばん重要な部分ともいえます。そんなものを市場化してどうするのか。
実はそこの部分で本音を語っているのが、足立区の坂田部長の発言です【p28】。この人は「小さな政府をもっと圧縮して『極小の政府』を考えた場合、何が残るか。まず戸籍と税金、後は…国保と年金ぐらい。このあたりが最後まで残るなら、思い切ってそれ自体を市場化テストの対象にしてしまえば他の分野は急速に進むだろうという発想で、…内閣府の方に市場化テストを行うための規制緩和の提案を6つほど出した」と語っている。この発想なんですね。いちばん過激なものをやって、「これができるのだったら他は全部できるでしょう」ということにもっていこうという戦略なのではないかということです。
こうなるとほんとうに自治体が消滅してしまいかねません。
それに、先ほども言いましたが、自治体での当面の対象はこの「特定公共サービス」で、独立行政法人だとか、水道局、交通局などの地方公営企業、医療などは、今のところ対象からはずれています。ただそれで安心かというとそうでない。
日経BP社のパブリックビジネスレポート2005年11月号をみると、「規制改革・民間開放推進会議」が民間企業に対して「どういうところで市場化テストしたいですか」という要望を募ったところ、自治体関連事業として、「地方税・国民健康保険・介護保険料の徴収・回収業務支援、各種使用料等の公金徴収業務、水道事業、下水道事業、地下鉄、鉄道、バス事業、パスポート発行業務等」という項目があがっております。
- こういったものについて、いろんな企業からニーズが出されているということです。したがって、それがあとで入ってくる可能性があります。しかし、個別法の規制は結構複雑ですから、いろいろ点検していかないと簡単にはできない。ですからとりあえず急いでやりたいものについて「特定公共サービス」という項目であげているというのが今回の法案だろうと思います。
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